「お先でーす」
小町はそう言うや、早々に部屋を去っていった。
「……」
私――四季映姫・ヤマザナドゥは、小町が去った後もその場所をじっと見つめていた。
ここ最近、小町の様子がおかしかった。
仕事の中身は――しっかりしているとは言い難いものの、以前よりは真面目にこなしている。しかし、先程同様定時になるといつも時刻通りに帰っていくのである。……真面目になることで様子がおかしいと思われる部下もどうかとは思うが。
「これは、何かあるのでしょうか?」
心を入れ替えたとか? だとしても、仕事の内容がいまひとつなのは何故?
私に対する何らかのメッセージ? だとしたらいったいどんな……。
「――いったい何があるのかしら」
唐突にかけられた言葉で、私の思考は中断させられた。
「八雲、紫――」
幻想郷で最も恐れるべき存在の妖怪。そんな彼女が、どうしてここに。
「暇だったから、たまにはあまり会わない人の所に行こうと思って。まだ仕事してるの?」
「見ての通りです」
「部下はもう帰ったっていうのに、相変わらず真面目ちゃんね」
紫は微笑んだ。私が仕事をしているのが何が悪いのか、と睨みつける。
「ま、映姫にとって、仕事は大切なものだから仕方ないか。それにしても、映姫の可愛い部下は――」
「――小町です」
「え?」
「あの子には小野塚小町という名前があります。あなたも、式神に与えたせっかくの名前を人に呼ばれないのは哀しいでしょう? 同じことです」
紫に、小町の名前を告げる。突然の来客に対する非難から出た言葉だが、部下というのは事実なものの、そう呼ばれるのはなんとなく気分がいいものではなかったのだ。
「それもそうね。でも、だったら『あなた』って言うのもどうなのかしら? 私にもちゃんと名前があるんだけど?」
「……それは失礼」
さすがに一筋縄でいかない相手だ、と私は紫を見つめた。
「まぁいいけどね。それで、小町は最近どうしたのかしら? なんだか早上がりをしているというよりは、仕事が手についていないって感じだけど」
紫の言葉に、私はため息をついた。
「そのことで、今考えていました」
私は、小町のことを思い浮かべた。当の小町は、私の頭の中では何事? とばかりにきょとんとしていた。
「どんな風に?」
紫が興味深そうに尋ねてきた。私は、ちょうど誰かに話したかったのもあって、わりかし素直に己の考えを吐露した。
「小町が早上がりするのは、心を入れ替えて仕事に真面目に取り組むようになったからではないか。でもこれでは、仕事内容に対する報告があまり変わっていないので、あてはまることはありません。次に考えたのが、私に対するなんらかのメッセージです。仕事はしない、でも定時にはあがる。これは、小町なりの不満の表れというか、訴えではないかと考えています。もちろん、普段はそんな素振りは見せませんし、あくまで私の推測なのでなんとも言えないものではありますが」
言い終えて、私は一つ息をついた。
「ふぅん。映姫は小町のことがそんなに気になるのね」
「な、なんですか、藪から棒に」
「べっつにー」
紫は冗談めかしてにんまりと微笑んだ。
「まぁ、気にならないと言えば嘘になりますね……ちょっと調べて見ましょうか」
気になったら即実行。色々と方法を考えていると、私はいいことを閃いた。そのままにっこりと微笑んで、紫を見つめる。
「じゃああとは頑張って――何かしら? なんだか嫌な予感がするのだけれど」
「是非手伝ってください」