閻魔賽日

「……ぁ」

四季映姫・ヤマザナドゥは、体を延ばした際に目に入ったカレンダーを見てそう漏らした。

「……どうりで誰もいないはずね」

カレンダーは、過ぎた日に×がつけられている。15日までついているということは、今日は7月の16日。
カレンダー上にはご丁寧に、赤で花丸まで書き込まれているのに、映姫はすっかり失念していた。
今日は閻魔賽日の日。
地獄の釜の蓋が開き、鬼も亡者も休むとされる、つまるところ地獄にとっての祝日のようなもので、休日なのだ。
映姫は昨夜遅くまで仕事をこなし、くたくたになって家路についた。その際仕事の全てが終わらず、明日に持ち越してやろうと考えていつもより早く出勤し、仕事に取りかかった。
出勤時間が過ぎても誰もこないのを変に思いながら仕事をこなし、終わりかけたところでふとカレンダーを見ると……。

「……はぁ」

休日にまで自分は何をしているのだろうかと思う。仕事が生き甲斐のようなものとはいえ、これではあまりにも寂しすぎる。

「……っ」

なぜか目頭が熱くなってきた。
まずい。なんで? 自分は。今は。
気持ちの整理がつかず、頭の中で様々な想いが混ざりあい、何がなんだかわからなくなってしまった。
幸い今は誰もいない。少しぐらいなら、と気を緩めかけたときだった。

「――すいません! 遅れました!」

扉を豪快に開けはなって、小野塚小町が飛び込んできた。

「はぁ、はぁ……あ、あれ?」

息を切らしながら、小町は部屋の中を見回す。

「はぁ……し、四季様、お一人ですかい? はぁ……皆、は?」

部屋には映姫だけだった。いつもは数人が仕事で机に向かい、その前で遅刻の説教を受けるのが習慣だったのだが、今日は誰もいないのである。

「……」

一方の映姫は急いで目元を拭い、毅然とした表情を作る。しかし、内心は困惑していた。失念していたとはいえ、小町同様休みの日に出勤してしまったのだ。同類と思われたくない映姫は、なんとごまかしたものかと考える。
幸い、小町はまだ今日が休みの日だとは気づいていなかった。映姫は、なんとしても小町に今日がなんの日か気づかせまいと声をかけることにした。

「……小町、また――」
「ふぅ……あ? 今日って……閻魔賽日? うわー、休みじゃん。焦って損したー」

小町は手近な机にあった卓上カレンダーを見て即座に今日がなんの日か気がついた。
その瞬間、映姫の計画は即座に崩れさる。

「あれ? ……ってことは休みの日なのに四季様は何やってるんですか?」

しかも当然のように疑問を投げかけてくる小町。映姫は困惑しつつも、

「……見ればわかるでしょう? 仕事です」

平静を装ってそう述べた。

「へ? 今日、休みですよ?」
「昨日終わらなかった分が残っていて、気になったから来ただけです」
「おおぅ……相変わらず仕事熱心ですね」

小町は納得したようだった。
なんとかごまかせた、と映姫が一息つくと、

「いやー、あたいは四季様もあたいと同じように休みの日だって忘れてたのかと思ったんですけどね。さすが四季様です」

小町の言葉が胸に突き刺さる。それでも映姫は焦りを抑え、

「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。小町じゃあるまいし」

と、精一杯の虚勢を張る。

「そっか、休みか。あー、じゃあどうしようかな。帰って寝るのも休日だともったいないしなぁ」

ぶつぶつ呟いて計画を練る小町に、仕事中にいつも寝てるくせに、と映姫は心の中で突っ込みを入れた。
そこでふと、映姫は考え込んだ。
……せっかくだし、たまには部下と交流を深めるのもいいか、と。
仕事ももう終わるし、その後の予定はない。それに休日といっても、特にやることがあるわけではない。

「……小町、この後お暇ですか?」
「へ? え、えぇ、あたいは特に何もないですけど?」
「では、私の仕事ももう終わるので、どこか気晴らしにでも行きませんか?」

小町は突然の上司の提案に驚きを隠せないでいた。

「えと……いい、ですけど……え? あたいと四季様でですか?」
「嫌ですか?」
「いやいやいや、是非! それはもう願ったり叶ったりというか、でも二人でって、二人っきり!? うわー、うわー……」

小町なぜか興奮していた。そんな部下のことを微笑みながら見つめ、映姫は残りの仕事に取りかかった。
その日は結局、夜まで小町に連れられて飲み明かした。小町の妄想通りにはいかなかったが。
始めは気が滅入っていたけれど、映姫にとっては久しぶりに気持ちのいい休日を過ごすことができ充実した日となった。

その翌日、小町がいつもどおり遅刻をし、いつも通りの日常に戻ったのは言うまでもない。


あとがき的なもの

この作品はタイトルの閻魔賽日について知ったときに「こんな感じかな」と思って書きました。なんというか、小町は日付の感覚とか気にしてなさそうだけどきっちりしてる映姫様がうっかりやらかしたら……ってイメージでしょうか。部下の手前体裁を考える映姫様は、でもこんなことしないんでしょうね。自分の中では映姫様はきっちりばっちりな性格の方なので。でも部下との交遊を考えたりするお方。仕事は厳しくてもそんな上司っていいですよね。