ジャーッ。
「いい匂いね」
「もう少し待って下さいね。すぐにできますから」
夜も更けた幻想郷の片隅。湖の畔にそびえる紅い館、紅魔館。
そこに暮らすほとんどの者が寝静まる中、厨房には動く影があった。
「味は……うん、ばっちり」
せっせと腕を振るっているのは、普段は門番を勤めている紅美鈴である。
「じゃあ、私はお皿を用意しておくわね」
少し離れたテーブルで、美鈴の様子をにこやかに見ているのは、館のすべてを取り仕切るメイド長の十六夜咲夜であった。
二人が厨房にいる訳は、咲夜の計らいにあった。
普段、門番として従事している美鈴の労をねぎらうために、美鈴を館内に招き入れた。もちろん、門には代わりの者を立たせてある。
本当は夜食を共にしようと思ったのだが、何もないことに気づき、困っていると、美鈴が「自分が作ります」と申し出たことで今に至る。
「ごめんなさい。本当は、あなたにこんなことをさせるつもりじゃなかったんだけど」
「別に大丈夫ですよ。私、料理って結構好きですから」
笑顔を見せる美鈴。その表情は、言葉通り楽しそうな様を物語っていた。
「さ、できましたよ。ありあわせの材料ですけど、私特製のチャーハンと餃子です」
用意されていた皿に料理を盛りつけていく美鈴。咲夜の心遣いもあって、質素なテーブルの上があっと言う間に高級ホテルのレストランのような見栄えになった。
「さ、早速いただきましょうか」
「そうですね」
咲夜の言葉に、使った調理器を洗っていた美鈴が答える。片づけを終えると、二人は向かい合うように座り、手を合わせ、
「――あー、美鈴だー」
不意に聞こえた言葉に驚いて、二人して声の方を向く。厨房の入り口に、フランが立っていた。
「これは妹様。どうかされましたか?」
咲夜がにこやかに対応する。フランは「いいにおーい」と呟きながら二人の元に寄ってくると、
「えーっとね、暇だったからパチェの所に行こうとしてたんだけど、明かりが見えたから来てみたんだ」
と説明してくれた。視線はテーブルの上の料理に釘付けである。そして、おもむろに餃子に手を伸ばす。
「だ、ダメです。フラン様!」
美鈴が慌ててフランの手を制した。止められたフランは、一瞬驚いたものの、すぐに頬を膨らませて怒りだした。
「なんでー、二人だけなんてずるーい」
「あ、いえ。別にそういうわけでは……」
美鈴がしどろもどろになる。
「じゃあどうしてー?」
「妹様が取ったこの餃子の中にはですね、ニンニクがたっぷりと入っているんですよ」
美鈴が説明するも、フランは「?」と首を傾げた。
「――ニンニクは、吸血鬼に害のあるものの一種と考えられています。ですから、妹様に何かあっては大変なので、美鈴が止めたんですよ」
咲夜は美鈴の言葉にフォローを入れた。これにはフランも、ようやく納得したように頷いた。
「そうなんだ……危なかったー。ごめんね、美鈴」
謝るフランの姿を見て、美鈴と咲夜はほっと一息ついた。
(咲夜さん、ありがとうございます。助かりました)
(いいわよ、別に。妹様に何かあったら、お嬢様に何を言われるかわからないし)
二人はこっそりとそんなことを話した。
「うー……でも、私も何か食べたーい」
フランが駄々をこねたので、美鈴と咲夜は再び顔を顔を見合わせると苦笑した。
「わっかりました。では、フラン様にも何か作りましょう」
美鈴が再び腕を振るおうとしたそのとき、
「あら、なんだか面白そうなことしてるわね」
三人は厨房の入り口を向いた。
「お嬢様」
そこには、咲夜が仕えている少女――紅魔館の主、紅き月の吸血鬼にして、フランの姉であるレミリア・スカーレットが不敵に微笑んでいた。
「門番を館に入れていいと許可した覚えはないけれど?」
レミリアは美鈴のことを見つめながらチクリと言った。美鈴と咲夜の表情がこわばる。
「お、お嬢様、これは……」
「ふふっ、別にいい――ムモッ!?」
慌てた咲夜の進言を、レミリアが制しようとしたそのとき、その口を何かがふさいだ。
「お姉さま、美鈴をいじめないで」
レミリアの前には、いつの間にかフランが立っていた。――手には餃子を持って。
「ム……ナヒホヘ(モグモグ)――×□※~◇○!!?」
レミリアの表情が壊れる。
レミリアは感じとった。独特の味と臭いを持つこれは――。
「餃子って言うんだって……吸血鬼の苦手なニンニク入りのね」
フランが満面の笑みで告げる(のちに俯いて口の端をつり上げて小声で呟く)。
レミリアは脱兎のごとく流し台へ駆け込むと、口の中のものを吐き出した。
成り行きを見守っていた美鈴と咲夜が心配そうな顔を見せる。すると、
「ちゅぅぅうごくぅぅぅぅぅ!」
流し台から低く、うなったような声がした。本来は妹に怒るべきだが、レミリアはあえて美鈴に八つ当たりすることにした。元凶だから間違っているわけでもないが、理不尽である。
美鈴にはそれが悪魔の声に聞こえた。実際、美鈴には悪魔にしか見えなかったが。
レミリアは、手にスピア・ザ・グングニルを持ち、ゆっくりとした足取りで美鈴に近づきながら、
「あなたには、私自ら……長い休暇を与えてあげるわ!」
襲いかかった。
「ひぃぃぃぃっ! お嬢様、お許しを~~~!」
美鈴は文字通り必死で逃げまどった。捕まれば、いくら頑丈が取り柄の彼女でも、確実に死んでしまうだろう。
走り回る美鈴とレミリアを、フランは無邪気な笑顔で、咲夜はどう対処していいのかわからず、おろおろしながら見守るしかなかった。
「――まったく、夜中だっていうのに騒がしいわね」
「そんなこと言ってー。図書館を出て見に来るくらいなんですからパチュリー様も混ざりたいんでしょ?」
三たび入り口で、パチュリー・ノーレッジとその使い魔である小悪魔は、騒々しい厨房を眺めながら立っていた。
「な、なにをバカな――」
「あー、パチェだー」
二人にフランが気付き、手招きをする。
「気付かれちゃいましたね。……行きましょうか?」
「なんで疑問系なのよ……まったく、しょうがないわね」
ブツブツと呟きながらも、どことなく嬉しそうな表情を浮かべるパチュリー。それをあえて指摘せず、小悪魔は微笑みながらパチュリーと共にフラン達の元に加わった。
パチュリーの加入で、美鈴はどうにかお咎めなしで済むことができた(服はところどころボロボロで、髪は少しこげているが)。
結局、美鈴はパチュリーや小悪魔を含めた人数分の夜食を作るはめになり、ささやかな食事はにぎやかなものとなってしまった。
それでも、紅魔館はじまって以来(?)の全員揃っての食事はとても楽しいものだった。
にぎやかな会食は長く続き、ちょっとした宴と化しながら、紅魔館の夜は更けていくのだった。
あとがき的なもの
初めはからフランちゃんがお嬢の口に餃子を突っ込むのは確定事項でしたwむしろそこが書きたかった。でもこの作品はチルノの話と同時期に考えたのものなので結構初期に浮かんだネタだったりします。ようやく日の目が見れたわけで感慨深いです。美鈴は中国言われるだけあって中華料理とか得意そうなイメージがやっぱり強いです。でも意外にレパートリーは少なそう。紅魔館ものは本当に美鈴が可哀相なくらいはぶられてるのとかありますが、自分はこんな感じで和気藹々としていると思います。発端は咲夜さんですよね。なんだかんだ言って紅魔館は咲夜さん中心に回っているんではないだろうかと思うこの頃です。